病気

自分の20歳台の人生は。

以前の投稿記事の通り、デザインの専門学校生→ 建築内装業 → ニート → 建築設計(施工図)事務所 → 建設会社 と転々とし。

その翌年29歳の時に、紹介されて今の家内と運よく結婚出来ました。

そして10年たった時には3人の父親。

あっという間でした。

ある日、3歳の末娘の足に紫の斑点があること気づきます。

突然、難病疾患になり入院。(紫斑病の後、腎臓疾患)

ほぼ絶対安静が必要で、トイレ以外はベッドの柵から出る事も禁止されていました。

当然家内は病院に付きっ切り。

たまに自分と交代しますが、ほとんど病院にいる状況です。

上に4年生の娘と1年生の子がいますが、その子たちの面倒は、ご近所の方にお世話になりました。

あの時、本当にご近所の方には恵まれていたと思います。

家内の実家は関西で遠いですし、うちの親も時々は来てくれましたが毎日の事ですので、根本的に解決は出来ません。

娘の病気は、原因不明でしたので治療法もわからない。

いつ直るかもわからない、先の見えない状況でした。

当時、千葉の自宅からおよそ2時間通勤で東京の現場に通っていましたが、忙しく帰れない時もあるほどでした。

これではバラバラで、家族生活が成り立たない。

もうどうしていいか、わからなくなっていました。

たまたま、現場に来られCADソフトのバージョンアップ作業をしに来ていたプログラム開発の方に、相談というか愚痴を言ってしまいました。

お仕事ではお世話になっている方ですが、真剣に心配してくださいまして。

「そんなんじゃ東京の現場勤めは大変だろう。千葉も人は足りないみたいだから千葉支店に移れる様に聞いてみてあげる。」との事でした。それも、現場でなく内勤での部署に。

内勤であれば現場ほど残業もないだろうし家族の面倒もみれるのでは。との配慮からです。

その方の紹介で、数日後に家から近い千葉支店へ行き面接。

翌日、その紹介して頂いた方から電話があり、・・・。

結果は、

ダメでした。

そんなに人生甘くないです。

しかし、その方は本当に親身になってくださり、・・・。

「仕方がない。・・・。」

「丹波君、思い切って会社辞めないか。」

「千葉によく知っている設計事務所があるので紹介する。」

「面倒見の良い社長だから心配ない」との事。

「家の近い所で働けるなら、会社は何処でも良いです。」

自分としては、藁をもつかむ思いでお願いしました。

少しして「紹介するからその会社へ一緒に行こう」と連絡をもらい。

そして、その会社の事とを聞いて ビックリ しました。

投稿者プロフィール

丹波 伸郎
丹波 伸郎
SketchUpが建築業界を始め様々な業種に普及する事が、コミュニケーションを円滑にし作業効率も上がると信じ、1人でも多くの人に伝えたいとの思いから日々思考錯誤を繰り返しています。

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